「わかってもらえない」に向き合った偉人たち

わかってもらえない

自分の気持ちや考えが、まわりに伝わらない。 同じ悩みと向き合った日本の偉人11人の人生物語を読めます。

この悩みを抱えた偉人

  • 太宰治 — 寝言ねごとのふりをした人

    父の万年筆が欲しかった少年は、寝言のふりでしか頼めなかった。嘘をつき、借金をし、「もらって下さい」と賞まで頼みこんだ作家の、恥ずかしくて目が離せない一生。

  • 樋口一葉 — 道ばたでいい、と言った人

    「私の一生は、破れに破れて、道ばたに倒れ伏す物乞い」。二十一歳の彼女は、偽名で訪ねた男にそう言った。借金を頼んでは断られ、日記に毒づき、天才と呼ばれても信じなかった、樋口一葉の24年。

  • 広岡浅子 — 甘えたことのない人

    十二歳のころ、本を読むことを禁じられた。嫁いだ家を支えて炭鉱へ乗りこみ、女子の大学をつくる側に回った。六十二歳のクリスマス、その人は、洗礼を受ける子どもたちの中に入れてくださいと頼んだ。

  • 空海 — 言葉で勝ちすぎた人

    二十四歳で、自分の分身を「頭は銅の盆、顔は土鍋」と書いた若者がいた。言葉で親族を言い負かし、言葉で異国の役人を動かし、言葉で親友を失った。のちの弘法大師の、意地っぱりで不器用な一生。

  • 宮本武蔵 — 世に逢あわなかった名人

    「勝ったのは、兵法を極めたからではなかった」。一度も負けなかった男は、六十歳でそう書いた。どこにも仕えず、子どもに臆病と笑われ、殿様の前で絵をしくじった人の、強がりな一生。

  • 森鴎外 — 本気にされたかった人

    仮面舞踏会で「私は外国人です。踊れません」と断った24歳の軍医。2年半後、ドイツから一人の女性が彼を追って日本へ来た。人にどう見られるかに本気で怒り、最後はすべての肩書きを断った人の物語。

  • 紫式部 — 一の字も書かない人

    「一という字さえ、書きもしません」。そう書いた人が、とても長い物語を書いた。父に嘆かれ、宮中で陰口をたたかれ、隠しつづけたことを、最後に一通の手紙に書いて「お読みになったら、すぐに返してください」と頼んだ人の話。

  • 中浜万次郎 — 箸はしで日本人になった人

    「腹をすかせていることのほかは、何ひとつ分からなかった」。アメリカの船長が日誌にそう書いた漂流の少年は、十年後、日本語を忘れて帰り、二本の箸で日本人だと認められた。ジョン万次郎の名で知られる人の、侍になっても船乗りのままだった一生。

  • 坂本龍馬 — 死ねない、と書いた人

    運が強くて、死ぬような場所へ出ても死ねない。27歳の弟は、姉への手紙にそう書き、次の手紙では、エヘン、エヘンと威張った。日本を洗濯すると言った男の、見栄っぱりで、冗談の止まらない31年。

  • 高村智恵子 — 見せられない人

    東京には空が無い、と彼女は嘆いた。若いころは描いた絵を、のちに夫となる人のところへさえ持ってこず、一度落選してからは展覧会にも出さなかった。その人が最後の日、自分で一まとめにした紙絵を夫の手に渡した。

  • 柳原白蓮 — 始終、嘘うそをついていた人

    炭鉱王の妻で「筑紫の女王」と呼ばれた歌人は、のちに言った。始終嘘をついていなければ、日が送れなかった。三十五歳の秋、友の前で涙をこぼして、彼女は言う。「私、断崖から落っこちるようなことをしてやろうかと思うの」

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