「意地をはってしまう」に向き合った偉人たち

意地をはってしまう

ゆずれず、人とぶつかってしまう。 同じ悩みと向き合った日本の偉人9人の人生物語を読めます。

この悩みを抱えた偉人

  • 平賀源内 — 家来にならない人

    宴の末座で、誰も開けられなかった知恵の輪の袋を、しばらく考えて開けてしまった男がいた。二百石の領地を差し出され、「山師」とそしられ、最後は理由の分からないまま人を斬った。友は墓に刻んだ。どうして、死に方まで並はずれていたのか。

  • 広岡浅子 — 甘えたことのない人

    十二歳のころ、本を読むことを禁じられた。嫁いだ家を支えて炭鉱へ乗りこみ、女子の大学をつくる側に回った。六十二歳のクリスマス、その人は、洗礼を受ける子どもたちの中に入れてくださいと頼んだ。

  • 嘉納治五郎 — 疲れた、と言わない人

    「今の手は、どうしてかけるのです」。聞くたびに、答えのかわりに投げられた若者がいた。体は小さく、負けず嫌いで、家のことは妻に任せきり。77歳の船の上でも、苦しくはない、と答えたと伝えられる、柔道の生みの親の一生。

  • 北里柴三郎 — 言うことを聞かない人

    「医者と坊主は、手足のそなわった一人前の人間のやる仕事ではない」。そんな意気込みだったと伝えられる青年が、方便のつもりで医学所に入る。やがて彼は上役にかみつき、恩師の説を斬り、研究所を役所に移されると部下ごと辞めてしまう。人の言うことを聞かない男が、最後に守った言いつけとは。

  • 空海 — 言葉で勝ちすぎた人

    二十四歳で、自分の分身を「頭は銅の盆、顔は土鍋」と書いた若者がいた。言葉で親族を言い負かし、言葉で異国の役人を動かし、言葉で親友を失った。のちの弘法大師の、意地っぱりで不器用な一生。

  • 正岡子規 — 欲張りな病人

    「病床六尺、これが我世界である」。友に蒲焼の勘定を回し、選んだ弟子に断られ、痛ければ叫んだ。それでも死の五日前の朝には庭を眺め、納豆売りを励ました、欲張りな俳人の物語。

  • 宮本武蔵 — 世に逢あわなかった名人

    「勝ったのは、兵法を極めたからではなかった」。一度も負けなかった男は、六十歳でそう書いた。どこにも仕えず、子どもに臆病と笑われ、殿様の前で絵をしくじった人の、強がりな一生。

  • 紫式部 — 一の字も書かない人

    「一という字さえ、書きもしません」。そう書いた人が、とても長い物語を書いた。父に嘆かれ、宮中で陰口をたたかれ、隠しつづけたことを、最後に一通の手紙に書いて「お読みになったら、すぐに返してください」と頼んだ人の話。

  • 大隈重信 — 惜おしくない、と言う人

    「数十年前に切っておくべきだった足を、よくもあの日までとっておけたものだ」。爆弾ばくだんで右足を失った男は、そう語った。学校を追われたことを幸福と言い、死にかけた病も不要ではないと言い、失った片足さえ惜おしいこともないと言った人の、強がりと、それを支えた人たちの物語。

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