「子どもを亡くした」に向き合った偉人たち

子どもを亡くした

自分の子どもが亡くなった。 同じ悩みと向き合った日本の偉人6人の人生物語を読めます。

この悩みを抱えた偉人

  • 石川啄木 — 正直な嘘つき

    「あの頃はよく嘘を言ひき」と、彼は自分で歌に書いた。結婚式をすっぽかし、友に借りては暮らし、家族を待たせた男は、やがて飾らない言葉だけを書くようになる。暮らしのほうは、最後まで変わらなかった。

  • 嘉納治五郎 — 疲れた、と言わない人

    「今の手は、どうしてかけるのです」。聞くたびに、答えのかわりに投げられた若者がいた。体は小さく、負けず嫌いで、家のことは妻に任せきり。77歳の船の上でも、苦しくはない、と答えたと伝えられる、柔道の生みの親の一生。

  • 牧野富太郎 — 惜おしまなかった人

    「お金を惜しむ者は、植物学者になれない」。二十歳のころそう書いた酒屋の一人息子は、家の財産を草に注ぎ込み、執達吏が家財を押さえるそばで植物の記事を書いた。その暮らしを支えたのは、夫を「道楽息子」と冗談に呼んだ妻だった。

  • 中原中也 — 憎にくみきれない人

    恋人が親友のもとへ去る日、彼は彼女の割れ物を、その男の家まで届けた。「私の敵の男」と書いたその人に、十二年後、最後の詩集を託たくす。三十歳で逝った詩人の、口惜しくて憎みきれない一生。

  • 二宮尊徳 — 取り戻して、手放した人

    「お前には家もない。田畑もない」。伯父にそう叱られ、着物で灯を覆って本を読んだと伝えられる少年。十七年かけて買い戻した田畑を、やがて自分の手で売り払った。薪を背負う像で知られる人の、像にはない一生。

  • 柳原白蓮 — 始終、嘘うそをついていた人

    炭鉱王の妻で「筑紫の女王」と呼ばれた歌人は、のちに言った。始終嘘をついていなければ、日が送れなかった。三十五歳の秋、友の前で涙をこぼして、彼女は言う。「私、断崖から落っこちるようなことをしてやろうかと思うの」

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