「心が疲れた」に向き合った偉人たち

気持ちがふさぎこみ、元気が出ない。 同じ悩みと向き合った日本の偉人5人の人生物語を読めます。
この悩みを抱えた偉人
- 平賀源内 — 家来にならない人
宴の末座で、誰も開けられなかった知恵の輪の袋を、しばらく考えて開けてしまった男がいた。二百石の領地を差し出され、「山師」とそしられ、最後は理由の分からないまま人を斬った。友は墓に刻んだ。どうして、死に方まで並はずれていたのか。
- 人見絹枝 — 超然となんか、できなかった
「負けたとき、日本の人はどんな顔で私を見るだろう」。19歳で、たった一人スウェーデンへ向かった彼女は、それがいちばんこわかった。超然となんかできなかった、日本で初めての女性メダリストの物語。
- 正岡子規 — 欲張りな病人
「病床六尺、これが我世界である」。友に蒲焼の勘定を回し、選んだ弟子に断られ、痛ければ叫んだ。それでも死の五日前の朝には庭を眺め、納豆売りを励ました、欲張りな俳人の物語。
- 中原中也 — 憎みきれない人
恋人が親友のもとへ去る日、彼は彼女の割れ物を、その男の家まで届けた。「私の敵の男」と書いたその人に、十二年後、最後の詩集を託す。三十歳で逝った詩人の、口惜しくて憎みきれない一生。
- 高村智恵子 — 見せられない人
東京には空が無い、と彼女は嘆いた。若いころは描いた絵を、のちに夫となる人のところへさえ持ってこず、一度落選してからは展覧会にも出さなかった。その人が最後の日、自分で一まとめにした紙絵を夫の手に渡した。