「親を亡くした」に向き合った偉人たち

親を亡くした

お父さんやお母さんが亡くなった。 同じ悩みと向き合った日本の偉人5人の人生物語を読めます。

この悩みを抱えた偉人

  • 伊達政宗 — 最後まで、強がった人

    「死んだあと像を造るなら、両目とも正しく造れ」。片目を恥じた男は、毒を盛ったと伝わる母に小袖を送り、首のかかった場で、その片目を自分から持ち出した。最後に娘へ残したのは、一行で筆の止まった返事だった。

  • 樋口一葉 — 道ばたでいい、と言った人

    「私の一生は、破れに破れて、道ばたに倒れ伏す物乞い」。二十一歳の彼女は、偽名で訪ねた男にそう言った。借金を頼んでは断られ、日記に毒づき、天才と呼ばれても信じなかった、樋口一葉の24年。

  • 牧野富太郎 — 惜おしまなかった人

    「お金を惜しむ者は、植物学者になれない」。二十歳のころそう書いた酒屋の一人息子は、家の財産を草に注ぎ込み、執達吏が家財を押さえるそばで植物の記事を書いた。その暮らしを支えたのは、夫を「道楽息子」と冗談に呼んだ妻だった。

  • 二宮尊徳 — 取り戻して、手放した人

    「お前には家もない。田畑もない」。伯父にそう叱られ、着物で灯を覆って本を読んだと伝えられる少年。十七年かけて買い戻した田畑を、やがて自分の手で売り払った。薪を背負う像で知られる人の、像にはない一生。

  • 荻野吟子 — 扉を開けて、出ていった人

    「願書は再び呈して再び却下されたり」。女だから、と医者の試験を四度はねつけられた人がいた。やっと開いた扉を、彼女はやがて、自分から出ていく。日本で初めて試験を通った女医の、ひたむきで割り切れない一生。

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