「働きすぎてしまう」に向き合った偉人たち

働きすぎてしまう

やめどきがわからず、休めない。 同じ悩みと向き合った日本の偉人4人の人生物語を読めます。

この悩みを抱えた偉人

  • 人見絹枝 — 超然ちょうぜんとなんか、できなかった

    「負けたとき、日本の人はどんな顔で私を見るだろう」。19歳で、たった一人スウェーデンへ向かった彼女は、それがいちばんこわかった。超然となんかできなかった、日本で初めての女性メダリストの物語。

  • 嘉納治五郎 — 疲れた、と言わない人

    「今の手は、どうしてかけるのです」。聞くたびに、答えのかわりに投げられた若者がいた。体は小さく、負けず嫌いで、家のことは妻に任せきり。77歳の船の上でも、苦しくはない、と答えたと伝えられる、柔道の生みの親の一生。

  • 二宮尊徳 — 取り戻して、手放した人

    「お前には家もない。田畑もない」。伯父にそう叱られ、着物で灯を覆って本を読んだと伝えられる少年。十七年かけて買い戻した田畑を、やがて自分の手で売り払った。薪を背負う像で知られる人の、像にはない一生。

  • 津田梅子 — 自分の国の言葉

    手も足も縛られている。耳も聞こえず、口もきけない。17歳の娘がそう書き送ったのは、生まれた国の、自分の家からだった。新しい五千円札の人の、居場所を探し続けた一生。

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