「考えのせいで責められる」に向き合った偉人たち

思っていることを言うと、責められたり、ねらわれたりする。 同じ悩みと向き合った日本の偉人4人の人生物語を読めます。
この悩みを抱えた偉人
- 福沢諭吉 — 平気なふりをする人
酒がもらえるならと、泣かずに頭を剃らせた子どもがいた。うれしいことも腹の立つことも顔に出さない、と決めたその人は、身近で世話をした人の目には、喜びも怒りも隠さず外に出す人に見えていた。かつて一万円札に描かれた人の、強がりの一生。
- 平賀源内 — 家来にならない人
宴の末座で、誰も開けられなかった知恵の輪の袋を、しばらく考えて開けてしまった男がいた。二百石の領地を差し出され、「山師」とそしられ、最後は理由の分からないまま人を斬った。友は墓に刻んだ。どうして、死に方まで並はずれていたのか。
- 大隈重信 — 惜しくない、と言う人
「数十年前に切っておくべきだった足を、よくもあの日までとっておけたものだ」。爆弾で右足を失った男は、そう語った。学校を追われたことを幸福と言い、死にかけた病も不要ではないと言い、失った片足さえ惜しいこともないと言った人の、強がりと、それを支えた人たちの物語。
- 坂本龍馬 — 死ねない、と書いた人
運が強くて、死ぬような場所へ出ても死ねない。27歳の弟は、姉への手紙にそう書き、次の手紙では、エヘン、エヘンと威張った。日本を洗濯すると言った男の、見栄っぱりで、冗談の止まらない31年。